このページは移転しました。

移転先はこちら→「日本のウェブログの歴史(詳細版)

日本のウェブログの歴史(詳細版)

※以下の記事は、もともと『ウェブログ超入門!』の原稿として書かれたものです。しかし、初心者向けには詳細すぎるということでボツになり(当たり前だ)、その内容はリライトして「ウェブログ的表現形態はすでにたくさんある!」(p78~79)とコラム「一部の専門家の道具から一般ネットワーカーの表現ツールへ」(p72)として極めてコンパクトに収録されることになりました。

ここでは、もとの原稿をそのまま掲載することにします。まあそういうわけなので、ネット初心者の方には意味不明かもしれません。また、縦書きを想定した表記をしているので、数字などが漢数字になっていたり、アルファベットが全角だったりするのはご容赦を。

■掲示板という名のコミュニティ――日本のウェブログ史1

●パソコン通信からあやしいわーるどへ

 インターネットが広まる以前、日本で主流だったのは「パソコン通信」というシステムです。インターネットは全世界がつながっていますが、パソコン通信は特定のサービスごとに閉じたサービスです。一九八〇年代から「商用」あるいは個人運用の「草の根BBS」が展開してきました。その中心となったのが電子メールと会議室(掲示板)です。特に大手商用パソコン通信サービスにおける掲示板コミュニティ(フォーラム)は、インターネットの普及以前に、ある程度成熟したものとなっていました。

 インターネットが登場した初期のユーザーの大半は、学生・研究者・IT技術者でした。そして、議論の場としては「ネットニュース」と呼ばれる仕組みが主流でした。その日本語版がfjです。ここでは実名主義が当然のように受け入れられていました。

 しかし、九六年ごろから、ホームページと同じ感覚で閲覧・投稿できる無料掲示板レンタルサービスが始まりました。また、簡易BBSスクリプトが公開され、自分でサーバー上に掲示板を設置することも可能になったのです。

 ここで二つの流れが出てきました。一つは、個人のホームページに、読者が感想や意見などを投稿するための掲示板を設置する方法です。個人向けサービスとしては、T-CUP無料掲示板などが人気を集め、また各種のスクリプトも用意されました。

 もう一つは、掲示板を主体にし、多くのユーザーが集う掲示板コミュニティの成立です。最初に大規模なコミュニティを形成したのは「あやしいわーるど」掲示板でした。九六年にしば氏が開設したアンダーグラウンド/サブカル系情報掲示板です。投稿者名の欄はたいてい空白のままで、誰が誰だかわからない状況の中、ほとんどチャットに近い投稿が毎日のように怒濤のように押し寄せていったのです。

●あめぞう、2ちゃんねるの登場

 しかし、しば氏による「あやしいわーるど」は九八年にトラブルから閉鎖されました。そこで注目を集めたのは、あめぞう氏が開設した「あめぞうリンク」でした。最初は掲示板コミュニティへのリンク集でしたが、自ら掲示板を設置するようになって、ユーザーを集めるようになります。この「あめぞう掲示板」のころから、掲示板コミュニティはアンダーグラウンドから表舞台へと姿を現わすようになりました。

 「あやしいわーるど」では新着の書込みがページの上に積み上げられるスタイルでしたが、これは連続した話題を追いかけにくいという欠点があります。一方、ツリー表示型の掲示板は、関連する話題をまとめて読むには不便です。そこで、あめぞう氏は個々の話題のまとまり(スレッド)が、新しい投稿のある順番に上に上がる形式を編み出したのです。また、話題ごとに掲示板をいくつも設置し、それをまとめて一つのコミュニティとしたのも画期的なことでした。この「あめぞう型」のスタイルは、現在も掲示板コミュニティの多くで受け継がれています。

 やがて、この「あめぞう掲示板」も閉鎖されますが、その混乱の最中、九九年五月に西村博之(ひろゆき)氏が開設したのが「2ちゃんねる掲示板」です。スタイル的にはあめぞう型をそのまま真似、さらにいくつかの機能を追加したものでした。「2ちゃんねる」には、ひろゆき氏の飄々としたキャラクターや、独特の運営スタイルもあって多くのユーザーが集まり、やがて日本のインターネット上の情報コミュニティとして最大規模を誇るようになります。

 これらの匿名掲示板は、良くも悪くも、匿名なるがゆえの「本音が吹き出る」メディアとして機能しているようです。犯行予告なども載る一方で、匿名同士が協力して作品を作り上げるといった動きもあり、独特の人間関係やコミュニティを作り上げています。

●日本の掲示板とウェブログ

 現在の典型的なウェブログは、コメント欄が記事ごとについているため、話題ごとに一つのスレッドができる「あめぞう型」掲示板と似たところがあります。筆者が開設した「女子十二楽坊資料館」サイトでは、個々の記事に投稿できるウェブログスタイルを、来訪者が掲示板として認識してしまった経緯があります。コメントが数十、数百とついてしまうと、ウェブログなのか掲示板なのか、もう区別はつきません。

 また、海外では不特定多数参加型のグループウェブログと見なされる「スラッシュドット」も、日本では掲示板コミュニティとして受け入れられています。日本のニュース掲示板「街の灯」は、数人のメンバーがニュース記事を投稿し、読者がコメントをつけるスタイルですが、これもグループウェブログといえるスタイルです。

 ウェブログでは、新規記事作成も、掲示板に書き込みを投稿する感覚で行なえます。これはネットの初心者でも始めやすいポイントになっているようです。

 ウェブログと掲示板との違いとしては、個々の話題を提示するのが、特定のサイト管理人(ブロガー)なのか、不特定多数なのか、という点が挙げられます。また、過去ログ処理やページ分割については、ウェブログ・ツールはまだ対応し切れていません。

■他人に向けて書く日記――日本のウェブログ史2

●ウェブ日記から日記リンクスへ

 インターネットにウェブブラウザが登場し、ホームページというものが現われたとき、「新着・更新情報(What's New)」というコーナーができるのは必然だったといえます。そのサイト内の更新情報をまとめたページには、やがてそれ以外の情報も書き込まれるようになります。それがウェブ上の小さな日記となるには、さほど時間がかかりませんでした。これがウェブ日記、あるいはハイパーダイアリーと呼ばれるものの誕生でした。

 その誕生から考えても、個人的な内緒の日記をウェブで書き始めたというよりは、もともと自分以外の人に見られることを意識していたといえます。もっとも、それは数人、数十人くらいにしか見られないと思っていたのかもしれませんが。

 学生や技術者が中心だった初期のインターネットで、最初にウェブ日記へのリンク集をまとめ上げたのは、津田優さんによる「日記リンクス」でした。一九九五年五月十八日に始まった日記リンクスは、ランキングを取り入れるようになって急激に拡大し、六百の日記を集めるようになりました。このころはちょうど、学術・研究関係以外の一般の人たちがインターネットにやってくるようになった時期にも当たります。

 また、パソコン通信上でしたが、ニフティサーブで多くの人たちの日記を百日間集めてみようというプロジェクト「メガ日記」が同年十一月一日に始まりました。こうして、ネットワーク上で日記を公開するということはごく普通の行為となり、個人サイトでも重要なコンテンツの一つとして認識されるようになっていったのです。

 その一方で、あちこちのウェブ日記の更新情報を取得するシステムも開発されていきました。「べんりくン」「朝日奈アンテナ」といったツールによって、更新されたページを要領よく読むことができる環境が整っていったのです。これもウェブ日記の増加に貢献したものでした。

●コミュニティ化するウェブ日記

 やがて、ウェブ日記は日記リンクスを中心にコミュニティとして発展していきます。その中で、他の日記についての批評を中心にした「日記読み日記」というスタイルの日記が登場しました。これは他の人に読まれるウェブ日記ならではの存在といえるでしょう。

 その中で、ランキング上位のウェブ日記への攻撃によって注目を集めようという日記が登場してトラブルが発生しました。九六年六月、津田日記リンクスはアクセスランキングを停止し、トラブルの原因となった「ばうわう」氏の日記を削除します。日記ランキングを求めていたユーザーたちはばうわう氏の「日記猿人」に移行しますが、ここでもランキング操作などを巡ってトラブルが発生してしまいます。

 日記リンク集の方は後に「日記才人」と改名しました。現在もウェブ日記ランキングとしては最大規模を誇ります。このほかにも日記圏などのリンク集が存在しています。

 これらの個人日記リンク集とは別に、無料日記レンタルサービスも登場しました。「日記鯖」(九七年)、「大塚日記プロジェクト」(九八年、後にライコス・ダイアリーに統合。後継としてDIDOがある)「さるさる日記」(九九年六月)「エンピツ」(二〇〇〇年八月八日)などのサービスは、それぞれのサービス内でコミュニティを作っていったのです。このレンタルサービスが日本のウェブ日記人口を支えている側面もあります。

 その一方で、独自のウェブ日記用ツールも開発されています。初期のウェブ日記ツールは掲示板CGIを改造したものから始まりましたが、やがて「hns―ハイパー日記システム」(一九九八年)、「a-Nikki」(二〇〇〇年)、「tDiary」(二〇〇一年)といった高機能な日記ツールが登場していったのです。それは、英米でのウェブログツールとは独自に発展していった日本のウェブ日記文化の土壌の上に成り立ったものでした。

●ウェブログよりつながりの弱いウェブ日記

 このように、日本のウェブ日記には「他人に見られることを意識する」「他の日記への言及がある」「ランキングサイト、更新情報を中心としたウェブ日記コミュニティがある」「レンタルサービス内では独自のコミュニティが存在している」といった特徴があります。それは単純に個人が日記帳に書き記してきた秘密の日記とは根本的に違い、むしろ、ウェブログと似ていると言えるでしょう。高機能なウェブ日記ツールはウェブログツールとしても充分に使えるものです。中には「ウェブログ=ウェブ日記」と言い切る人もいるくらいです。

 では、伝統的な日本のウェブ日記文化とウェブログは何が違うのでしょうか。あえて違いを探してみるならば、日記には基本的に掲示板的機能がついていないことが挙げられます。日記にコメントしたい人は、同じサイトの別の場所に設置された掲示板に書き込みに行かなければなりませんでした(tDiaryはその二つを融合させたという点で非常に画期的なものです)。その結果、日記間の相互言及は頻繁になされるものの、ウェブログに比べるとはるかに「つながり」が少ないようです。他の人からコメントを付けられることを望まない人はウェブ日記、気にしない人はウェブログという傾向も見られます。

■個人ニュースサイト――日本のウェブログ史3

●日本版フィルターサイトが個人ニュースサイト

 英米のウェブログは、フィルターと呼ばれる形式から始まりました。これはウェブ上で見つけた面白いページを紹介するものです。これとよく似た形式のサイトは、日本でも独自に発展してきました。それが「個人ニュースサイト」と呼ばれるものです。

 単に「ニュースサイト」という場合は新聞社などの報道サイトのことを指しますが、「個人ニュースサイト」は少し違っています。基本的に運営者の関心のあるサイトへのリンクを紹介し、そこにコメントをつける場合もあるというスタイルが基本です。これはまさにフィルター型ウェブログそのものであるといえます。また、特定のゲームやソフトの新情報をいち早く伝える限定的な情報型と、とにかくネット上の面白そうな話題は何でも集めるタイプの双方が存在しています。

 一九九七年開設の「あ!ネット」など、かなり早い時期から個人ニュースサイトはいくつか立ち上がっていましたが、九八年ごろからじわじわと影響力の大きなサイトが登場しています。同年十月八日開設の「smallnews!」は「自分がインターネットでいくつものサイトを巡回するので、他の人も巡回してるのではないか?と考え、巡回しなくても良いように幾つものニュースサイトを巡回して、目に付いた面白いニュースを掲載するようにした」と書いています。これはまさにギブスンが「他の人のために前もってネットサーフィンする」人たちが登場すると予言したスタイルそのものでした。このサイトはゲーム関連からアイドル情報、コンビニのお菓子まで幅広く取り上げ、その後の個人ニュースサイトに大きな影響を与えています。

 同じく十月二十八日開設の「セキュリティーホールmemo」はインターネットのセキュリティーに関する情報を集め続けて今も更新されています。

●個人ニュースサイトはウェブログそのもの

 九九年に入って、大手となる個人ニュースサイトが次々と開設されています。アニメゲーム系情報「変人窟」。食品への異物混入や、ガラスが割られたというニュースに軽妙なコメントをつける「ムーノーローカル」の「どーでもいいトピックス」。オタク系情報「J-oの日記」、ゲーム系情報「TECHSIDE.NET」といった大手サイトは、いずれも一月に個人ニュースサイトとしての情報提供を開始しました。「変人窟」からリンクされたサイトには大量のアクセスが流れ込むために「変人窟効果」という言葉が生まれたり、一日だけムーノーローカルのデザインをまねる「ムーノーデー」が行なわれたりするなど、個人ニュースサイト・コミュニティはこのころから独自に発展していきました。

 同年五月八日開始の「ポケットニュース」は一行リンクにコメントという簡潔なスタイルで情報量が勝負。

 また、同月にはフリーウェア・シェアウェアなどのツールに関する情報サイト「裏ニュース!」が開設されました。このサイトでは単にリンクするだけでなく、ちょっとしたコラム風に読めることで人気を集めました。この運営者の一人吉野健太郎氏は現在「連邦」というサイトで同様のサイトを続けています。同じころ、「itoya_laboratory*net_news」も始まり、コラム風の記事を公開し続けています。これらのコラム型個人ニュースサイトは、まさにウェブログと呼んでもまったく違和感のないスタイルといえるでしょう。

 七月に始まったゲームオタク情報サイト「sawadaspecial.com」は、現在ムーヴァブル・タイプを使ったウェブログに移行していますが、これも個人ニュースサイトとウェブログの親和性を物語っているようです。

 二〇〇〇年に入るころにはすでに個人ニュースサイトは定着していました。一月二十日開始の「百式」は毎日一つずつ海外のサイトを紹介するコラムを書き続けています。

 同年の末には「俺ニュース」が登場。他の個人ニュースサイトで引用されたサイトをさらに孫引きして掲載する「孫ニュースサイト」の先駆けとなりました。

 その後、「Tentative Name」「カトゆー家断絶」「音楽配信メモ」といった影響力の大きい個人ニュースサイトが次々と生まれ、現在もその流れを保っています。

●日本で独自に生まれた「ウェブログ」スタイル

 このように見てきますと、特にコメントの長いコラム型個人ニュースサイトは、日本独自で生まれながらまさにウェブログ的であると言うことができます。また、実際にウェブログへの移行も多く見られるようです。

 個人ニュースサイトと典型的なウェブログの違いとしては、ウェブログではコメントが個々の記事に直接付けられることでしょう。しかし、英米のウェブログでもコメント機能は最近になって登場したものです。起源はまったく違うものの、英米と日本で同時発生的に同じようなサイトが生まれたことは興味深い現象といえるでしょう。

 なお、孫ニュースの伝統として、自分が紹介するURLの情報を知ったサイトの名前を「紹介したいURL(情報元:カトゆー家断絶)」というように書いて、情報元サイトに感謝の意を示しますが、これは日本のウェブログでも受け継がれているようです。

■テキストサイトのインパクト――日本のウェブログ史4

●先行者ショック

 津田日記リンクスの停止から間もない一九九六年七月、「ReadMe!」というランキング型リンク集が開設されました。これは日記ではなく読み物系のページの登録サイトとして展開されていきます。

 テキストサイトとウェブ日記の境界線はそれほど明確ではありません。ただ、ウェブ日記は身辺雑記の傾向が強く、日付を強く意識しているのに対し、テキストサイトは一つひとつの文章の独立性が高い傾向にあるといえます。一九九九年一月二十一日開設の「ろじっくぱらだいす」、同年六月開設の「斬鉄剣」などが人気を集めていきました。

 空前のテキストサイトブームを巻き起こしたのは、二〇〇一年三月三日に発表された一つのテキストでした。サイトの名前は「侍魂」、その運営者「健さん」が自信を持って発表した「最先端ロボット技術」という文章が「侍魂以前・以後」とさえ言われるほどのムーブメントを引き起こしたのです。

 中華人民共和国で最先端ロボット技術として発表された二足歩行ロボット「先行者」をテーマにした軽妙な語り口調の文章は、たちまちネット中から注目を集めました。この文章は文中の文字のサイズや色を巧妙に変え、行間をうまく空けることによって、上手なお笑い芸人や落語家のような笑いの「間」を作り出していました。

 笑えるネタを、さらに笑える文字スタイルで表現した「侍魂」の「先行者」テキスト。これは「フォント弄り系」と呼ばれる模倣サイトを続々生み出すことになります。

 こうして新しく生まれたテキスト系サイトは、こぞって「ReadMe!」に参加し、アクセス数を競うようになっていきました。「侍魂」以前と以後では参加サイト数は倍増しています。

 この後、「侍魂」からリンクされた先行するテキストサイトにもアクセスが増えるようになります。その過程で、サイト間の馴れ合いや抗争も起こっていきました。ちなみに、ウェブ日記に日記読み日記があったように、「ReadMe!」にも「テキストサイトレビュー」が生まれ、これもまた物議を醸しています。

 なお、フォント弄りにはかなりのセンスが必要です。「侍魂」は適切な加工によって笑いを誘っていたのですが、スタイルだけを真似してもまったく面白くなく、逆に読みづらくなってしまいます。そのためか、フォント弄り系はすっかり廃れてしまいました。

●バーチャルネットアイドル(VNI)

 「侍魂」とほぼ時を同じくして開設されたのが二〇〇一年二月十四日スタートの「バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳」です。これはサイトの内容としてはテキスト的でもあり、日記的でもあり、個人ニュースサイト的かもしれません。むしろ、そのサイトのスタイルが大きな注目を集めました。タイトルどおり、サイトの運営者はちゆちゃん(十二歳)という架空のアイドル。可愛らしいイラストを添え、ピンク色の背景色でありながら、ちゆちゃんの書く文章は毒と皮肉に満ちたオタクネタ。そして文末には「バーチャルネットアイドル・ちゆは○○を応援しています」と嫌味にしか見えないコメントが添えられるという強烈なインパクトを持っていました。

 ひたすらオタク層のツボを突いたこのサイトは、「侍魂」と並ぶテキストサイト界の超巨大サイトに急成長し、同様のバーチャルネットアイドル(VNI)サイトを生み出す原動力となったのです。

 ちなみに、「ちゆ12歳」を有名にしたのが、個人ニュースサイトの「裏ニュース!」と「19歳日記」からのリンクだったことは興味深いことです。

 大手VNIサイトとしては「ちゆ12歳」に加えて「ウロンのひとりごと」「米(おこめ)」「777's Loop Lights Loom」が「VNI四天王」と呼ばれ、今も続いています。単なる模倣にすぎなかった多くのVNIサイトは自然消滅していきましたが、「バーチャルネット法律娘真紀奈」など今も続く優良サイトもあります。

●ウェブログは更新しやすくしたテキストサイト

 テキストサイト・VNIサイトと、ウェブ日記・個人ニュースサイトの境界線は非常に曖昧なものです。有名テキストサイトの一つ「ろじっくぱらだいす」は、そのメイン記事を「日想」として、つまり日記スタイルで書いています。「ちゆ12歳」も同様ですが、内容的にはむしろコラム型個人ニュースサイトと呼んだ方がわかりやすいかもしれません。一方、「侍魂」では、日記とメインのテキストを完全に分離していました。

 テキストサイトとウェブ日記を分けて考える発想は、英米での「日記かウェブログか」という論争を思い出させます。ウェブログは個人の日常などを書くのではなく、もっときちんとしたテキストを読ませるものだ、という英米の古参ブロガーの見解に基づけば、テキストサイトは極めてウェブログに近いものということができるでしょう。

 実際、「ウェブログはテキストサイトを更新しやすくしたもの」と考えている人もいるほどです。それもまた一つの真実と言えるでしょう。

■ウェブログという黒船の到来――日本ウェブログ史5

●二〇〇一年の間はまだ知名度が低かった

 日本のメディアで「ウェブログ」が初めて取り上げられたのは、二〇〇〇年二月二十三日にオンラインマガジン「HotWired Japan」に掲載された「人気急上昇中の「ウェブログ」とは」という記事です。しかし、この時点ではまだほとんど注目されませんでした。日本国内では、掲示板や日記、個人ニュースサイトといった独自のコミュニティがすでに定着しており、それと似て非なるサービスに対して関心が持たれなかったのも当然と言えば当然かもしれません。

 二〇〇一年八月二十四日、個人ニュースサイト「百式」で、レンタルサービスの「ブロガー」が紹介されています。「海外では既に無数のWEBLOGが設置されており、WEBLOGランキングみたいなサイトまで出てくるぐらい定着している。なぜ日本でこういったシステムが流行らないのか不思議なくらいである」と「百式」は首をかしげていますが、実際に日本で流行るにはまだ一、二年の時間が必要でした。

 9・11テロ事件によって英米ではウェブログが注目されたものの、日本での反応はまだまだ鈍いものでした。個人ニュースサイトでよく取り上げられている記事をランキングする「ばるぼらアンテナ」は、英米ウェブログの同様のシステム「blogdex」をまねて作られたものです。URLも「blogdex.tripod.co.jp」と「ブログ」の文字が含まれていますが、紹介文には「個人ニュースサイトからのリンクが多い順に並んでいます」と書かれていました。まだまだウェブログは認知されていなかったのです。

●黒船の上陸――「ブログ草創期」騒動

 二〇〇二年に入って「HotWired Japan」などで数回のウェブログ関連記事が掲載され、伊藤穣一氏などのIT関係者や、学生、研究者たちが少しずつウェブログを導入していきました。そんな中、十月二十三日、一つのウェブログ記事が波紋を呼びます。mesh(東大大学院メディア環境学研究室)の明神光浩さんが書いたこの一文が物議を醸したのです。

「blogが一般的になったときに、「mesh抜きでは日本におけるblog草創期を語れない」と言われるようなサイトにしていきたいですね。(言いすぎ?)」

 これに対して「日本におけるウェブログの草創期はすでに終わっている」という反論があちこちから押し寄せました。つまり、個人ニュースサイトやウェブ日記といった日本独自のコミュニティにおいて、ウェブログの土台はすでにできあがっている、という反応です。「ウェブログとはまったく新しいもの」と考えていたmeshの人たちと、「ウェブログは日本にもすでにある」というネットの住人たちの認識のずれが明確になったのでした。

 ただ、この騒動によって「ウェブログ(ブログ)」というものがあるのだ、ということはネット中に広く知られることになります。ウェブログの定義とは何か、今までの日本のネットコミュニティと何が違うのか、ということがしきりに論議されますが、じわじわとウェブログという言葉は広がり、ウェブログを導入する人も増えていったのです。

●技術者・研究者の手から一般人へ

 二〇〇三年夏にはいくつかのウェブログ入門書が出版され、ブロガーたちも増えていきます。ただ、このころの中心的なブロガーは、プログラマーやウェブ技術者などのIT関係者、大学の情報技術研究者や学生、そしてネットに強いライターなどでした。つまり、ウェブログはこのような技術を試したいという専門的な人たちのものだったのです。

 しかし、その流れが変わったのはその年の末のことでした。十二月二日にニフティがレンタルサービス「ココログ」を開始したのです。パソコン通信時代以来の「フォーラム」で鍛えられた猛者を擁するニフティがウェブログ界に参入したことで、文章を書いて表現したい人、コミュニティを運営したい人たちがウェブログを使い始めるようになりました。それまでは技術的関心に偏っていたウェブログが、一般のネットワーカーのための表現ツールに化けたのです。

 ニフティのユーザーでも、フォーラム以来の古参ネットワーカーは確かにごく一部です。しかし、このごく一部のユーザーがココログ上で派手に記事を書き、コメントし、トラックバックしたことで、どういう風に使えばいいのかが多くの人にわかりやすくなりました。もともと、フォーラムは「他人の書いた文章にツッコミを入れる」ものと言えます。そのため、コミュニケーション機能が充実したウェブログは、フォーラム出身者にとってまさに理想的なツールだったのではないでしょうか。

 同月にはアメリカの有名なブロガー、レベッカ・ブラッドの『ウェブログ・ハンドブック』も翻訳出版されました。これはウェブログのコミュニティについて論じた本であり、それまでの技術書とは一線を画していました。これも「技術者から一般のユーザーへ」という流れを象徴するもののように思われます。

 今後、ウェブログという言葉は特別なものではなくなるでしょう。「ウェブ日記」や「掲示板」や「チャット」や「メールマガジン」と同列の普通名詞として「ウェブログ」が語られる日は、そう遠くないのではないでしょうか。