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ジャーナリストとしてのブロガー

※カリフォルニア大学バークリー校のローカル・ニュースをブログしているCalstuffにおけるKelvin Deenihanによる11月2日の記事より。自分の体験した身近なニュースをブログすることに、既成メディアに依存しないブログの可能性を見出している。


2003年11月2日 日曜日
午後2時26分にKevinが投稿。

 私のブログの突撃が沈静化するにつれて、それがもう少し広い状況では何を意味するのか、私がそれから何を得たのか、ということを考えてきた。それで、可能性についてのエッセイを書いてみた。

ジャーナリストとしてのブロガー

 ブログ・コミュニティは9月11日の直後から急激に目立つようになり、すぐに注釈や意見が自由奔放に流れる世界となった。そいつはオピニオンリーダーやコラムニストたちがこぞんてブログを始めて有用だとわかるくらいにたいしたもので、またブロガーたちが主要新聞に引用されるほど知的なものだった。最近のカリフォルニア大学バークレー校入学問題についての意見で、私は最近、ロサンジェルスタイムスに引用された。不幸にも、ブロゴスフィアにおける意見というのは、プロのジャーナリストと共生はしているものの、究極的にはそこに依存しているという関係にとどまっている。そして、これはブログを妨げるものとなってきたと思う。ブログすることは、せいぜい補足的な役割しか務めない――誤りを指摘し、状況を追加するが、いつもリンク先のCNN記事に従属しているのである。

 独自にジャーナリストとなることに思い切って飛び込んだブロガーはほとんどいなかった。そして、それにも関わらず、このアプローチが試みられたときはいつでも、途方もない成功を収めてきた。最も明白なモデルは、ジャーナリストが自分自身のブログを始めたときである。「サクラメント・ビー」紙のDaniel Weintraub はカリフォルニア州知事リコール運動に力となった。ダニエル・マーシャル(Daniel Marshall)は読者の寄付でニューハンプシャーへ旅行している。もう1つのモデルは、直接体験の報告である――Where's Raed、すなわち個人的経験を投稿する技術志向ブログの一つである。もっと一般的な政治的ブログも直接体験の報告にも手を付けており、大体予測可能なコメントの回よりも面白くなるものだ。もう一つのきわどくて重要な例は、インディメディア(独立メディア)のゲリラ・ジャーナリストである。

 しかし、記事をぶつけ、独自のネタを投稿するようなブロガー(通常は非ジャーナリストのブロガー)の例はごく少数しか思い浮かばない。それで、私は自分のブログ、Calstuff (calstuff.blogspot.com)でやろうとしてきたのだ。もともと、地元紙「デイリー・カル」についての連続解説以上のものではなく、私はそれでたいてい満足したし、独自の話題を見つけ出すこともあった。ブロガーとしての2年間で、私は33件の独自記事を数えた。たいていは小さなものだが、意外にも極めて大きなものもあった。そして、私が試みてきたことが評価・改善されるなら、伝統的ジャーナリズムを超える段階というブログの次の段階が実用的かつ望ましいものである、ということも可能である。

状況:

 私はカリフォルニア大学バークレー校の最上級生で、経済を専攻し、法学生になりたいと思っている。私のここでの経歴としては、地元の学生自治体ASUC(カリフォルニア大学学生連合)で2年間働いて過ごした。また、「バークレー政治批評」(Berkeley Political Review)に2年間寄稿し、娯楽雑誌「自己発見的痛撃(the Heuristic Squelch)」のクリエイティブ・エディターであり、2学期間は「デイリー・カリフォルニアン」紙のコラムニストだった。最後のもので、4つの賞を得た。2002年1月に Calstuff でブログを始めた。

記事:

 今までにここで知らされた最も重要な記事は、実際には仲間のマイク・マクファーレン(Mike Mcfarlane)によって書かれたものである。市長候補トム・ベイツが、対抗者を支持した「デイリー・カリフォルニアン」に酷評された、というのが彼の最初の投稿だった。この記事は後に「サンフランシスコ・クロニクル」と「オークランド・トリビューン」紙にも載った。第2の最重要記事は、保守的新聞「カリフォルニア・ペイトリオッツ」が地元ラテン系グループに対する批判的なカバーストーリーを書いた後、印刷物を全部盗まれたという件である。これは後に国中の保守的出版物に載った。

 こういったものは面白いが、成功したニュース・ブログの本質はローカルな話題であった。乱暴に言えば、ブロガーが通常の生活に基づいて、地域や国家レベルの記事をカバーすることは不可能だ。こういった地域をカバーしようとするブロガーは、必ず強力なジャーナリズム組織と提携しているか、これらの地域と重要な接触があるはずだ。しかし、ローカルな土台に立てば、ブロガーは影響力を有することができる。上層部の友人とカメラがあれば、「デイリー・カル」紙内部の反乱についてカバーできる。キャンパスの建物に落書きされた鉤十字のこと、あるいはASUC代表が警察と喧嘩して逮捕された、という話題を見つけることができる。

 以下はCalstuffが報じた記事の完全なリストである。(※訳註:以下の記事については詳細を読んでいないので誤訳が含まれる可能性もあります。ただ、非常にローカルな話題を扱っているという事実はくみとれると思いますので、あえて列挙しました)

「カリフォルニア・ペイトリオッツ」での盗み(02年2月26日)
大学フラタニティーパーティー中止(02年4月22日)
選挙結果がさらに遅れる(02年4月29日)
寮内のパーティーのために3人の住み込み助手が解雇される(02年9月19日)
エルナンデス聴聞会に関する学生実行委員会の構成(02年9月29日)
「デイリー・カル」内部の反乱(02年10月30日)
BCR(バークレー大学民主主義者)代表が辞職させられる(02年11月02日)
バークレー市長候補が新聞に酷評される(02年11月04日)
学生生活事務所がラリー委員会Axeパレードを調査(02年12月05日)
最高位を斬る(03年2月19日)
学生弁護事務所内部の争い(03年02月20日)
ホイーラーが抗議者によって占拠される(03年3月5日)
Eric Scheweが新しい「デイリー・カル」紙EICに選ばれた(03年04月12日)
ASUC選挙が不正投票で混乱(03年4月14日)
バークレー・ユダヤ・ジャーナルによる規約違反(03年4月17日)
学生弁護事務所は運営を不適格とされる(03年5月4日)
「デイリー・カル」紙はフットボール選手の逮捕についての記事を書いた後、盗みに合う(03年5月7日)
理事が学費値上げに評決(03年7月17日)
学費値上げに関して理事に出された訴訟(03年7月24日)
学費値上げ禁止命令は裁判で通らず(03年8月13日)
知事の立候補に対してカル大学生は十分な署名を集められず(03年8月14日)
フラタニティー騒動にまつわるギャング抗争で学生が病院送り(03年8月21日)
学生弁護事務所は実際の学生弁護人不在で共同運営(03年8月21日)
ASUC予算は4カ月分のコピーしかない(03年8月28日)
OSLのギリシア人顧問が辞職(03年9月5日)
BCR/OSLは9・11記念のためのSproulステップを確保することについて議論(03年9月9日)
鉤十字がルコント・ホールに落書きされる(03年9月9日)
GSI攻撃(03年10月01日)
宣伝制限のためにACLUがBCRに対して訴訟(03年10月10日)
ASUC代表が警察と闘って逮捕(03年10月19日)
当局が低いSAT(学進学適性試験)について学生にインタビュー(03年10月20日)
「デイリー・カル」がEshlemanホールにとどまる(03年10月27日)
DAFKAがヒレルから追い出される(03年10月29日)

 これらの多くが小さいことだったり、同時に「デイリー・カル」紙でカバーされていることだったりする。カメラをもって抗議行動に参加し、それを30分後にオンラインに載せるのは大したことではない。また、これは読者を増やすわけでもない。大体300人の読者がいるが、その数には「デイリー・カル」紙の編集者や学生部長も含まれている。しかし、ニュースを最初に出すこと、大新聞がカバーすることにたまに影響を与えたりするのはドキドキする。また、地を這うような取材、巨大な大学の発展と変化を見ること、いろいろなことがどのように機能しているかについての基本的な理解を得ることもわくわくする。

 ニュース・ブログはキャリアアップにも利益をもたらす。コラムニストとしての仕事を得たのは、「デイリー・カル」が私のブログについて知っていたということが大きい。1年間コラムニストとして過ごしたが、Calstuffはやめなかった。そして、最近の話題について学生が誰かに知らせたいと思う時には、私のところへ来るようになった。

 全国的にバークレーのメディア知名度を形作るという可能性さえも少しある。ロサンジェルス・タイムスがバークレーにきたとき、当局がSATの点数の低い人を入学させた件についての「学生の反応」について私にインタビューしてきた。学生たちは、誰も気にしていない――そして、入学問題運動の温床というようなバークレーについてのイメージは、6年も遅れている、ということをどの学生も話していただろう。そして、私はそのとおりに話したのだ。

 もっと効果的にいえば、また「カル・ペイトリオッツ」では頻繁にやっていることだが、ウェブサイトを持っている学生ならだれでも全国的メディアに簡単に正しい事情について告げることができる。保守的雑誌「カル・ペイトリオッツ」は、バークレーを不寛容の温床として描くことで全国的なメディアの感心を引くことから始めた。地元の学生会議が9月11日の記念に赤・白・青のリボンをつけることに反対したときに、その完璧な一例があった。ペイトリオッツは記事をウェブサイトに載せた。それはフォックスニュースとドラッジレポートに取り上げられた。当惑した当局が介入し、愛国的なリボンはどこにでもあった。

 このためのツールはほとんど心理学的なものである。最も重要なことだが、それには少なくとも中立的な立場――それがだめでも一定の中立的な考え方をとることが必要である。私が自分の利益に絡んでやっているとか、悪意から連中の名前を漏らしているのだと思ったら、誰もヒントをくれなくなるだろう。私自身が中立であることが得意だというわけではない。そんなことはないからだ。しかし、一つのイデオロギーの代弁者などではないことが必要だ、ということだ。また、よいデジカメと、もし必要なら訂正するという絶対的な意志も役に立つ。もし噂話を投稿するなら、噂として述べ、それを確かめようとすればいいのだ。

未来

 いずれにしても、ここで言いたかったのは、Calstuffがローカル・ニュース・ブログの洗練された効果的な形式の荒っぽいプロトタイプだということである。その目標は、ローカル・ブロガーたちのおおざっぱなネットワークへと歩みを進め、もっと伝統的なブログ活動家にニュース報道を提供することだ。それは多分、地を這うような取材からのローカル・ニュースや、今起こっていることについての優れた感覚との関係を作り出すことになる。事件についての直接体験の報告をもっと増やそう。もしブログがジャーナリズムへの従属関係を超えていくことができるなら、これは論理的には次のステップということになる。