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移転先はこちら→「「中国人は日本人に親近感を持っていない」世論調査は誤りだった――日中間の対立を煽る「反日」「反中」報道」
2004年11月、「中国人の53.6%が日本に親近感を持っていない」という報道がなされた(詳細→日本に対する意識調査データなど参照)。これを受けて、日本の世論調査でも「日本人の中国に対する親近感が下がっている」という結果が報道された(グラフ→CHINA WATCHINGなど参照)。
ところが、実はこのもとになった世論調査に問題があったことが判明した。中国語で「親近」とは日本語の「親しみを感じる」ではなく、「親密に接している」ことを指す。つまり「中国人の53.6%は日本人と接していない」という調査結果だったというのである。もちろん「嫌いだから接しない」という人もいるだろうが、「親近感がない」と「接することがない」ではずいぶん違う。
中国が嫌いという日本人にもいろいろいるが、偏狭な一部の自称「愛国主義者」が「外国をバカにすれば日本が偉くなり、ひいては自分も偉くなれる」と勘違いしているようなのを除けば、多くの場合は「中国人が日本を嫌っているというから、そんな中国は嫌い」という理由が多いように思われる。つまり「嫌われたから嫌い」という感情ではないだろうか。
中国には確かに反日的な教育内容もあったし、江沢民の愛国反日路線(つまり日本のウヨクの裏返し)によって反日言動が煽られていた部分もある。しかし、経済界では日中関係は良好であった。また、2008年北京オリンピック成功に向けて、政治・経済・文化それぞれの分野で、特にエリート層においては親日派が多い。中国のウヨ厨ともいえる「憤青(フンチン)」が反日の叫びをネット上でも展開しているが、それは中国でもやはり厨房扱いなのである。(中国でも「反日愛国厨房」は馬鹿にされている [絵文録ことのは]04-10/21参照)
先年の重慶でのサッカー試合における「反日行動」は、江沢民路線の過激な憤青がまさに中国にとっても利益をもたらさないことを明確に示した顕著な例であろう。そして、日本のブログ等でも「あんな風に思われているんだから、中国が嫌いになった」という人を多く見かけた(中には「ほらみろ、だから中国を嫌え」と煽る人もいたようだが)。これ以降、中国でも憤青を苦々しく思う親日派や良識派は増えている。
嫌われたから、嫌い。その結果を見てまた同じように思う人が増える……それはどちらの国民にとっても不幸なことではないだろうか。
1月に北京に行ってお会いしたとき、女子十二楽坊のプロデューサー王暁京氏は新アルバム『敦煌』の発売を前にして不安を口にしていた。
「日本の世論調査で、中国に対して親近感を持たない人が増えているという報道を聞いたのだが、これで女子十二楽坊に対しても批判的になる人が増えてしまうだろうか?」
そこで私はこう答えた。
「日本では政治的な問題と文化的な問題はある程度切り離して考える人が多いと思います。また、最近の中国に対する悪感情の一因は、中国人が反日だ、中国人は日本人を嫌っている、という報道によるものです。でも、女子十二楽坊のメンバーはみんな日本が大好きだし、そのことがしっかりと日本人に伝わるならば、一般の日本人は彼女たちを受け入れるでしょう。あるいは、さらに反中感情そのものをやわらげていくかもしれません」
多少甘い見方かもしれないが、中国政府の方針をどうこうできない音楽家とそのファンのレベルでは、このように対処するのが現実的ではないかと思っている。
さて、今回、中国の『経済』という雑誌で、日本の「反中」感情、中国の「反日」感情について分析した記事が出た。これは反日でもなければ反中でもないバランスのとれた記事だと思うので、ここにその一部を翻訳して紹介する。以下、すべて翻訳であって、訳したわたし自身の見解はまったく含まれていないことをご了承いただきたい。
「調査できるようなものなど何もない。奴らは中国に工場を設立しに来なくていい。中国自動車産業に奴らが足りないことはない!」
電話を置いて、何とも言い難い感覚がわき上がってくるように感じた。
2月、ある日本の自動車業界で有名な企業の職員と二人の大学教授が中国で市場調査をしに来ようとして、中国産業・学会・政府各界の人々に支持と協力を求めようとした。しかし、国内某大学の教授から冷遇されてしまった。
北京該当で販売されている新聞や、学生・ホワイトカラーがネット上で見るニュースでは、日本についてのニュースは多くなった――いつもマイナス反応を引き起すような報道だ。街頭で走る日本自動車は多くなった。商店には読むのにえらく苦労する日本文字の印刷された食品もますます多くなってきている。しかし日本は中国から遠くなりつつあるように思える。
日本の街に行って、日本の普通の市民・学者、さらには保守政治家と話している中でも、依然として温かい恩情がある。しかし、新聞売店で新聞を買うと、日中感情が悪化していると分析する氷のように冷たい文字を見ることになる。日本のメディアは隔たりを超えるよう主張しているのではなく、対立を煽動しているかのようにも思える。
「私が仕事で最も苦労するのは、社説を書くことではなく、社説委員会で何十人もの同僚のために中国問題を解説すること、中国の観点はどのようであり、我々は本紙の視点をどのように述べるべきかを説明することなんです」
日本のある大新聞社の論説委員は《経済》誌に対してこう語った。
「中国問題を理解しているのは私だけであり、意見を提出したり問題を提示する大多数の人は政治部出身の委員たちです」
論説委員は悩みを抱えている。日本の報道の特徴として、一人の政治部記者は常に一人から数人の政治家を追跡する。政治家が日本で影響力を高めていく過程は、ちょうど記者が新聞社で影響力を高めていく過程と重なっているのである。政治部記者から昇格して社説を書く論説委員となると、記者の言行は新聞社の観点を代表することとなる。社説を書く論説委員たちが最もよく接触するのは、自分がよく知っているあの政治家であって、自然とその人の影響を受けるようになる。
朱に交われば赤くなるのだ。政治家のいくつかの観点が日本国家の政策になると同時に、新聞の報道したことが一つの重要な議題となった。日本とアジア国家の関係を処理する上で、日本のメディア内部で反映されているのは、政治部出身の委員と国際部出身の委員たちで、真っ先にいくつかの観点について論争することとなる。
「彼らの人数は多く、影響も大きいが、私は孤軍奮闘です」
論説委員は少しがっかりした雰囲気で語った。
論説委員にも力がある場合がある。もと「読売新聞」論説委員で現在北海道大学新聞学教授の高井潔司は《経済》に対してこう述べた。
「讀賣新聞は比較的保守的であるだけでなく、あそこの記者はみな意地を通します。事実はこういうことです。私は、社説の中にその他の委員の見解を盛り込むように強いられました。そこで、委員会には紙面を十分に割いてもらって、事実と彼らの見解をともに併記するしかありませんでした」
高井はこのようにできたが、その他の中国問題の論説委員はこんなふうにできるだろうか? そうであるとは言い難い。
日本の右派新聞「産経新聞」は、自分たちが現在も1970年に制定した「正論」路線を堅持すべきだと考えている。つまり「西側陣営に立ち、社会主義国家イデオロギーに反対する」という。彼ら自身の言葉を借りれば、日本憲法改正、中国の報道と歴史問題についての偏向を正すことが必要だという(2005年2月18日「産経新聞」社説)。もし産経内部にこういう人材がいなければ、同業内部で人材を奪い合うことをしないという日本メディアの慣例を破り、他のメディアに行って勤務可能な人を発掘してくる。
「我々中国についての報道に責任ある者たちは、別の部門から発掘されてきました。どういうわけで、中国に対する報道は辛味を含むようになったのでしょうか?」
産経の幹部の一人が東京で《経済》に尋ねた。彼らが最も関心を持っているのはおそらく「辛味」が足りているかどうかだ。日本の世論が画一的になっているという背景のもと、政治上で中国抑制が主な主張となっていると、個々の記者の力は非常に弱まってしまう。
「中日関係における“政冷経熱”については言うまでもありませんが、わたしたちが日本の新聞を読むときに強く感じるのは、日本メディア内部の“政冷経熱”現象です。みなさんの政治版を読めば、中国は日本の最大の敵になったようにみえ、みなさんの経済版を読めば、中国は日本が経済危機を脱するための救いの星となっています」
北京のある雑誌社の記者は2004年12月17日に開かれた日中メディアフォーラムで日本を批評してこう述べた。舞台下の日本メディア・放送関係の学者たちは聞いて笑い始めた。
日本のそれぞれの新聞社内部の対中国報道に矛盾があるだけでなく、新聞社と新聞社の間で報道態度が大きく異なっている。共同通信社の記者の古田康雄は同じフォーラムで総括して述べた。
「朝日新聞は、日中関係を改善するために小泉首相は靖国神社に参拝することを停止するべきだと考えています。読売新聞は、日中関係を悪化させた原因を中国にあるとし、日本の政治家が神社に参拝することを批評するのは日本に対する内政干渉だと述べています」
発売部数1000万部を超える読売は、中国問題についての保守的な見解で日本における世論の主流となっており、中日間の政治的に冷たい情勢を変えることは非常に困難である。
しかし、中国メディアにも偏りがないわけではない。日本の中国駐在公使の井出啓二は《経済》にこう述べた。
「あなた方には、温泉、環境、納税制度などを報道していただきたいですし、日本政府が老人・子供にやさしいこと、日本には腐敗官僚が少ないことなどを報道してほしいものです」
井出は日本大使館の責任者としてメディア取材を受けるが、社会・文化方面の中国記者のインタビューは極めて少ない。中国の新聞紙上から日本を見れば、井出にとって日常生活の日本にはまだまだ隔たりが大きく見えるのである。
学者の技術不足でできてしまった世論調査の結果が、中日の民間感情において摩擦を激化させ、メディアによって報道された後には両国民が互いに憎悪するに至っている。
2004年9月から10月、中国社会科学院日本研究所は一項目の中日世論調査を作成した。この調査結果が公開された後、日本の世論はやかましく騒ぎたて、しばらくはこの話題で賑わった。
日本研究所の調査結果ではこのように明記されている。日本に親近感を持つ中国人はわずか6.3%、親近ではない、あるいは非常に親近ではないは53.6%。ふつうと答えたのは35.5%であった(注・日本研究所統計の百分率は合計95.4%であり、100%にはならない。以上の数字はメディアで報じられた以外に《日本学刊》2004年第6期も参照できる)。
彼らは一つの明らかな結論を導き出した。つまり「中国民衆が日本に対して親近感を持たない度合いが高まっており、中日双方はしっかり注目すべきである」。
しかし、北京街頭で日本車に乗る人は減ったようには見えないし、日本のコンサートを聴く人は財布の中に最後に残ったお金を出してくるし、日本文壇で毀誉褒貶ある渡辺淳一は中国ではその小説が空港・書店の本棚にあふれかえっている。中国民衆はなぜ日本に対してこのように「不親近」になったのだろうか?
日本に十年あまり留学し、神戸大学副教授をつとめたこともある劉志明は、帰国後、中国社会科学院ニュース研究所の研究院となっている。劉志明は《経済》にこう述べた。
「中国語のなかの“親近”は、親密に接していることを指します。日本語の“親近”は、そんなに疎遠ではない関係を指します」
劉志明は多くを語らなかったが、記者が理解したのは、日本研究所は中国語と日本語の意味を明確にさせなかったということだ。おそらく日本学者がよく使う設問形式をそのまま翻訳せずに中国にもってきて、その結果、「53.6%の中国民衆は日本に対して親近感を持っていない」という誤った議論を生み出したのである。
2004年11月23日、日本共同通信社は日本研究所の調査結果を抄訳して「54%の中国民衆は日本に親近感を持っていない」という見出しにした。翌日、保守的な讀賣新聞がこのニュースを翻訳した調査結果を詳細に発表し、その後、社説の中で日本の世論に対して中国への憤りを高めさせた。
12月、日本の総理府の世論調査で彼らの結果が示された。中国を好きな人の比率は10%下がり、中国を嫌う人は10%上昇したというものである。中日民衆がはじめた相互憎悪は、中日メディアの報道の重点となった。
社会科学院日本研究所の翻訳の誤りは、劉志明に指摘される以前に、新大陸を発見したというニュースのごとく中国から日本に伝わってしまい、また日本から中国に返って、両国民衆の相互不信をさらに高めることとなってしまったのだ。
中日両国のメディア報道における摩擦によって中国民衆は、公正にみえる調査結果が示すように、日本問題に対して敏感な感情を増している。一部の役人のやり方はさらに摩擦を激化させ、解決の難しい問題にしてしまっているかもしれない。
《経済》記者がある日本資本企業の広告会社副社長・張氏を訪問したとき、このような話を聞いた。
ある地方政府の団体が一つの活動をやっており、賛助をいくらか引き出すことを望んで、張副社長の広告会社を探してきた。張氏は地方政府との関係を持つことはかなり重要だと考え、いくつかの日本企業に行って賛助を勧めてはどうかと考えた。このアイデアを相手に告げた途端、相手はすぐに表情を変え、必要ないと言った。張氏は、日本企業に対して何か意見があるのかと聞いた。相手は、そうではないと答えた。では、どういう理由かと尋ねると、相手は言った。
「私は日本を恨んでいる。この活動をとりやめたとしても、日本人がこの件に手を出すなど決してやってほしくない!」
張副社長は非常に不思議に思った。比較的冷静な政府の役人が、このように激しい日本に対する感情を示したのは、張副社長が仕事をしてきた20年あまりのなかでも初めてのことだった。酒席の会食で、何杯か酒を飲めば、歴史上の問題が出てきたりするのはよくあることだ。しかし、真っ昼間に、二人の非常に冷静な中国人が突然、日本の問題が出てきた途端にこのように大きなコントラストを示したことについて、張副社長は口を開いたまま話ができなくなってしまった。
ミクロの視点(メディア内の矛盾、世論調査、極めて一部の役人の言動)からマクロに目を向けて、中日政治構造を展望するとき、中日政治関係が近いうちに好転するような兆しは見つけにくい。
小泉の靖国神社参拝、日本が李登輝訪日を強く望んでいること、日本軍事戦略の矛先が中国に向けられているといったいくつかの現象については論じず、日本経済産業大臣・中川昭義や外務大臣・町村信孝の新保守派の言論を分析しようとしなくても、現在の中日両国の世論を見れば、現状を打破し、新しく良好な中日関係を建設するために意味のある新しい動向を見いだすのは難しいのが現状である。
(詳しくは《経済》雑誌3月号参照)
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