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著作者人格権:何が問題で、どう書くべきか?

 Livedoor Blogの著作権条項改訂から始まった「ブログの規約における著作者人格権規定」の問題。前のエントリー「LivedoorBlog以外にも権利侵害規定!ブログ著作権規約を全チェック」が長くなってきたので、前エントリーは一覧と規約抜粋のみとし、著作権について考える内容を書き直すこととした。合わせて、「どのように書くなら問題がないのか」といった点についても追記している。

著作者人格権は譲渡できない権利

(この項は前エントリーから移行)

 著作権については、まず社団法人 著作権情報センターのサイトを熟読すること。ブログサービス提供者は、わからないことがあるなら電話でも聞けるし、初台の東京オペラシティタワーのオフィスに行けば資料を閲覧したり相談したりできるので、ちゃんと勉強してほしい。

著作者の権利は、人格的な利益を保護する著作者人格権と財産的な利益を保護する著作権(財産権)の2つに分かれます。 (はじめての著作権講座 著作者にはどんな権利がある?)

 一般的に著作権と言ったときには、財産権の方ばかり考えられているようだが、著作者人格権は財産権ではなく、著作者の名誉とか主張の内容とかを保護するためのものである。そして、これは他の人に譲渡できない権利となっている。

 法に定められた著作者人格権は3種類。

  • 公表権……自分の著作物で、まだ公表されていないものを公表するかしないか、するとすれば、いつ、どのような方法、形で公表するかを決めることができる権利
  • 氏名表示権……自分の著作物を公表するときに、著作者名を表示するかしないか、するとすれば、実名か変名かを決めることができる権利
  • 同一性保持権……自分の著作物の内容又は題号を自分の意に反して勝手に改変されない権利

(はじめての著作権講座 著作者にはどんな権利がある?)

 つまり、自分の意に反した使われ方を防ぎ、作品の使い方を自分の好きなように行使する(使わせないだけでなく、使わせるのもOK)という権利なのである。

 よく「俺の書いたようなものに著作権はない。著作権は放棄する」と主張する人がいるが、これは著作権を知らないがゆえの物言いであって、日本の法律では作品を作った瞬間(ブログなら記事を書いて公開した瞬間)に著作権が発生する。そして、財産権としての著作権は放棄できるが、著作者人格権は放棄できない。可能なのは「勝手に使ってください」という「許可を出す」ことなのである。

 また、著作者人格権は「行使する」ものではなく、もともと「守られている」ものである。著作者人格権を行使するな、と他人に言うということは、すなわち「お前の作品を俺の好き勝手にいじくることを認めろ」というとんでもない話なのである。

※JASRACの「著作者人格権」についての解説も短くまとまっているので参照のこと。

ブログサービスが「著作者人格権」を持ち出したい理由

(この項以下書き下ろし)

 Livedoor Blogでは、November 15, 2004 02:02付けで「livedoor Blog 開発日誌:利用規約一部変更についての補足」が発表された。

利用規約一部変更についての補足

いつもlivedoor Blogをご利用いただき、ありがとうございます。
04.11.12 「利用規約の一部変更のお知らせ」について補足をいたします。

第8条 (ウェブログの公開について)
・この条文はライブドアに著作権が帰属する意味ではなく、あくまでも著作権はそのblogの作者に帰属するのもです。
弊社は主に当サイトの宣伝を目的に利用する場合を想定して、当事者へ無償で利用することをこの規約で確認しておりますが、宣伝かどうかの定義をすることが困難な場合も考えられる為にこのような定義といたしました。

 2004年03月11日付けの「Seesaaからのお知らせ: 弊社ブログサービスにおける著作権の取り扱いについて」では、以下のように書かれている。

弊社ブログサービスにおける著作権の取り扱いについて

ユーザー様がブログサービス上で作成されたものに関する著作権等は、ユーザー様ご本人に帰属します。

弊社は、ユーザー様が作成されたものに関して、ユーザー様が、弊社以外の第三者に対して権利行使することを制約する立場にありません。

なお、ユーザー様には、アカウント登録の際に、弊社ブログサービス上で書かれた著作物に関して、弊社は日本の国内外で、無償で、非独占的に、それらの使用、複製、変更、削除、翻案、翻訳、掲載、開示、提供、二次著作物の作成、配布などができる権利をSeesaaに許諾し、同一性保持権などを含む著作者人格権を行使しないことに同意して頂いております。

これは、弊社がブログサービス内においてユーザー様の著作物を広く一般に提供する際に、ユーザー様の著作物をサーバのデータベースやメモリ上に複製し、それを不特定多数の方に公開し、集計してランキング情報などを作成してサイトに掲載したり、といったサービスを提供する際に、その都度ユーザー様に個別の許諾を頂かなければならないとすると、安定的かつ高品質なブログサービスのスムーズな提供に支障を来すためです。

当然のことながら、弊社がユーザー様の著作物を弊社のサービス以外の目的で利用する場合、ユーザー様の許諾を頂く必要があります。

現在のところ、ブログサービス以外にユーザー様の著作物を利用する具体的な予定はございません。
今後も多種多様な新サービスの展開を鋭意検討しておりますが、その内容に関するこれ以上のご説明は控えさせていただきますので、ご了解下さい。

 そして、はてなダイアリーでの改訂については、改定案では以下の通りだが、

第8条(当社の財産権)

4 本サービスの提供、利用促進及び本サービスの広告・宣伝の目的のために、当社はユーザーが著作権を保有する、本サービスへ送信された情報を無償かつ非独占的に本サイトに掲載することができるものとし、ユーザーはこれを許諾するものとします。この場合、ユーザーは当社に対して著作者人格権を行使しないものとします。

 その動機について、2004-09-15のはてな利用規約改定に関する意見募集についてにこのように記載されている。

  • 日記の情報が掲載される形態は、RSSなど多岐に渡るため、著作者人格権を行使しない旨の条項を加えました

 また、2004-11-04のコメント欄には、

# hatenadiary 『RSSファイルやはてなアンテナにてサマリーを配信するなど、様々な形態で掲載を行っているからです。』

と書かれている。

(補記:11/18日、はてなダイアリーは規約から「著作者人格権」という表現を削除することを発表した。「■利用規約内の著作者人格権について」参照)

その目的に「著作者人格権」という用語は不要

 これらの3サービスは、おそらく同様の趣旨を述べたいのだろう。まとめると二つ。

  • RSS、アンテナ、ランキングなどで元データを改変した上で公開する目的
  • サービスの宣伝のために、ユーザーの記事を紹介する目的

 このように書くならば「それのどこが悪いの?」という利用方法だ。問題は、この目的のために「著作者人格権を行使しない」という言葉はふさわしいのか、というところにあるといえるだろう。

 私の見解は、もちろんNOだ。

 著作者人格権を「行使する」ということは、その権利が「侵害されうる」ことを前提とした表現であることを最初に確認しておこう。本来は行使せずとも守られねばならないのだが、あえて「行使する」と言う以上は「公表したくないものを公表されたことに抗議する」とか「著者名が変えられたことを抗議する」とか「趣旨が違う!と抗議する」という趣旨で使われていると思われる。

 では、上記の2つの目的は、著作者人格権とぶつかるものなのだろうか? 私は違うと思う。それは、著作権法そのものに基づく見解である。

いや、そもそもRSS公開は「同一性保持権」の侵害なのか?

 著作者人格権に関しては、著作権法に実際の運用上で保留条件が添えられている。

(氏名表示権)

第19条

2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。

3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。

 つまり、RSS出力するときには、すでに公開されている著作者名を載せることは問題ないし(ユーザーIDを著作者名と考えてもいい)、またRSSがどのページに附随するデータなのかがはっきりしているときに、Authorの欄が抜けていたとしても「氏名表示権」の侵害にはあたらないわけである。だから、この点について「著作者人格権の行使をしない」よう求める必要はない。

(同一性保持権)

第20条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。

3.特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変

4.前3号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

 RSSというのは要するに「ブログ記事の本文を短縮して機械的に読み取れるように改変したデータ」であるから、第2項の3または4で十分まかなえるのではないか。

 あとは「うちのウェブ上のサービスでは一部利用させてもらうこともあるけれど、それはこのサービスを使うユーザーの決まりということで納得してください」で十分なのではないか。

 要するに、上記サービス側の要望を満たしつつ、ユーザーの反発をなくすには、著作者人格権を云々する必要はない。すでにそれはもともと制限できることであったり、「公衆送信権を一部、サービス側に譲渡する」ことを明記したりすればいいはずだ。

 RSSでの送信時に概要として縮められることは、「そういうことがありえますが、必要な範囲と言うことで了承しておいてくださいね(いやだったら使うな)」ということを最初に断っておけばいいだけの話で、そこに著作者人格権という大仰なものを持ち出すから話がややこしくなるのである。

著作者人格権不行使特約

 私自身は法律家ではないから、この辺は弁護士さんから反論がありえる。小倉秀夫の「IT法のTop Front」:著作者人格権不行使特約では、有効説が主流とされており、続・著作者人格権不行使特約についてでは無効説は学説ではないと明言されている。これを読むと、著作者人格権の行使を禁ずるというのは法的には問題がないということだろう。しかし、「東京地判平成13年7月2日[宇宙戦艦ヤマトプレステゲーム事件]」ではそもそも著作権が完全に譲渡された事例であり、ここで比較するのはいかがなものか。多くのブロガーは、サービス側に著作権を譲渡したわけではない(すくすくを除く)。「非独占的な公衆送信権の一部の譲渡」であるはずである。「著作者人格権を行使しない」と言われたブロガーが反発するのは、ここに理由があるのではないだろうか?

 「著作者人格権を行使するな」という規約を読めば、すなわち「著者であり、公衆送信権の一部を除く著作権を有していながら、勝手にいじられても手を出せないとはどういうことか」というふうに受け取ってしまう。少なくとも、そういう反応を引き出しやすい言葉であることは間違いないだろう。「著作権の譲渡契約」ではないのだし、「著作物の利用許諾契約」だとしても、出版権などの場合とは話が違うだろう。ブログは「自分の著作物を公開する場所を借りている」だけでしかない。そこに「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」を行使できないなどと言われれば、一般人としてはやはり引いてしまう。

 せめて「データが改変されたり、自動的にデータが公表されるということで、結果的に著作者人格権が一部行使できないことがあるけれど、うちのサービスではそうすることになってるんで、それは最初に認めておいてね」というんであればわからないではないが(これを制限的有効説というのか?)……。もっとも、ブログサービスがユーザーに求めることは、著作者人格権の行使の制約というほどのものではない、というのが私の考えである。

よくできている規約の見本

 一覧をまとめていて気付いたのは、AOLブログ、MSNフォトアルバム、Typepadという「アメリカ発」のサービスにおける規約が非常によくできていること。さすがは訴訟大国(笑)という冗談はさておき、ユーザーの権利を明記しつつ、サービス提供側がどのようにユーザーコンテンツを利用するかという規約をきれいにまとめている。これなら、「著作者人格権」という言葉を持ち出さなくても、サイト上ではユーザーのコンテンツを自由に扱えるわけである。

 日本のサービスでは、ココログ(というか@homepage)の規約が非常によくできていると感じた。@homepage利用規約@nifty:@homepage:ご利用上の注意は秀逸だと思う(この記事を書いている最中に、「ユーザーが作成したホームページに係る著作権は、原則ユーザーに帰属しますが」という部分が追加された)。

第11条(ニフティによる利用)

 ユーザーが作成したホームページに係る著作権は、原則ユーザーに帰属しますが、ニフティは、サービスの広告・宣伝、利用促進の目的に限り、メタデータ(RDF Site Summary形式など)で配信されたblog上の情報を、ニフティが管理・運営するWebサイトに掲載することが出来るものとします。

 この規約であれば、例えばRSSについてはサービス側もユーザー側も満足できるのではないか? メタデータに限らず「サイトのキャプチャ画像、本文の一部転載」なども「当サービスが管理・運営するWebサイトに掲載することができる」ことにしておいてもいいと思う。この表現にはまったく反発を感じない。

 なお、余談だが、ご利用上の注意 その5:リンク-1などは100点満点の素晴らしい記述だと思う。惚れた(*´Д`)

 結論としては、今回の騒動は「著作権を譲渡したとは考えていないブログユーザーに対して、必ずしも必要のない“著作者人格権を行使しない”という表現を用いたことによる反発」だと考える。そして、この表現が残っているサービスを使わないようにしようかな、と思ってしまうデメリットがあまりにも大きいので、各サービスは(たとえ法的には可能な表現であったとしても)別の表現方法を模索すべきだろう。いい見本はすでにいくらでもあるのだから。


 以上、もともと前エントリーの記事だったが、上記書き直しで趣旨を盛り込んだし、ちょっと正確でない表現もあるので削除とするが、完全に消してしまわずに、以下に保存しておく。原文では「著作者人格権は譲渡できない権利」の次に以下の文章が続き、その下にブログ一覧を載せていた。

ブログサービスはなぜユーザーの「著作者人格権」を奪おうとするのか

 LivedoorBlogだけでなく、gooブログ、teacup.AUTOPAGE、ジオログ、Seesaaブログ、アメーバブログ、エキサイトブログ、stylogでは、ユーザーが「著作者人格権を行使」することを禁じている。さらに、すくすくBLOGでは、ユーザーの書いたものの著作権がすべてサービス側に帰属するというとんでもないことになっている。

 では、こういうサービスからは即刻引き上げるべきだろうか。いや、もう遅い。

 上記サービス中Livedoor以外の規約の多くでは、「ユーザーでなくなった後も、権利はサービス側に残る」と明記しているので、こういったサービスからあわてて引き上げたとしても、過去にそのサービスを使って公表した自分の著作物の権利を奪われたまま、ということになってしまうのである。

 もちろん、これは著作権法の拡大解釈であり、法的根拠のない規約であることは言うまでもない。

 では、これらのサービスは何を狙っているのだろうか。

 「著作権はユーザーにあることを明記の上、サービス側も利用可」のサービスでは、ユーザーの書いたものをサービス側も使わせてもらうことがありますよ、という規約を載せている。これ自体は妥当なものといえよう。各サービスのトップページで新着情報を載せたり、「おすすめブログ紹介」に載せたり、あるいは雑誌などの取材があったときに「こんな人気ブログがありますよ」と例示したい、というのはサービス側の希望として妥当なものである。それさえも嫌ならば、自前でブログを設置するか、そもそも公開するのをやめればいい。

 しかし、上記「著作権剥奪ブログサービス」では、ユーザーの書いたもの、ユーザーのアップした画像も含めてすべて「自由自在に使わせろ」と言っているわけである。ましてやそこで「著作者人格権を行使するな」などという「法を逸脱した制約」を課すことは、情報発信装置としてのブログそのものを殺すことになるだろう。

 もちろん、著作権はすべてユーザーに帰属すると明記しているサービスも結構ある。ドリコムでは「会員著作物」という言葉を使っており、これも妥当だ。NAVERとDiary Noteは、サービス側の著作権の範囲だけを記しているが、これを逆読みすればやはり「ユーザーの書いたものの著作権はユーザー」ということになるのでOKである。

ブログサービスはどの範囲までの権利を持つのか

 さて、ブログサービスは著作権に関して、どの範囲までの権利を有するのか。

 たとえばサイト内で紹介したいとか、公式ガイドブックに画面キャプチャを載せたいという場合は「引用」の範囲内で対応できるはずである。適切な引用ならば、別に著作者人格権を制限しなくても、誰でも自由にできるからだ。(「「引用」は無断でやるのが当たり前」参照)

 ある著作物をネットで公開する権利は、財産権の方の著作権の中の「公衆送信権」となる。ブログサービスを利用してユーザーがブログ記事を公開する、写真を公開するというのは、「公衆送信権」の一部をユーザーがサービス側に提供したということになる。しかし、他のサイトで同じ記事を載せてもいいわけだから、公衆送信権を排他的に(独占的に)与えているわけではない。したがって、「ウェブ上でのうちのサービスで使わせてもらうことがありますよ」と規約に明記しているなら、それは広い範囲での公衆送信権をユーザーから譲られたということになるが、それ以上のものではない。

 たとえば出版物にする場合は、公衆送信権ではなく「複製権(出版権)」が絡んでくるし、イベントでブログユーザー自作曲を勝手に流せば「上演権・演奏権・複製権」の侵害となってしまう。もし規約でサービス側がこれらの権利もすべて有するということになっていれば、出版社から本として出す権利さえも奪われているわけである。これはあまりにも権利侵害ということになるだろう。

 人気ブログを本にしてサービス側が儲けるという野望は抱かない方がいい(まあ出版社がブログサービスを提供して、最初から書籍化を念頭に置くというのなら話は別だが、書店流通経路や書店営業力のない一般IT企業がそんな野望を抱いてもダメである)。