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ゴーストライターとは何者か

「あの人の本は、ゴーストライターを使ったんだって」
 こういうと、たいていはその著者を貶めるような雰囲気が出てくる。「あの人は偉そうなこと書いてるけど、実際に書いたのは別の奴なんだぜ」というふうに。

 だが、ゴーストライターを使ったからといって、その本の価値が必ずしも下がるわけじゃないのだ。もちろん、非難されても仕方ないゴースト本もあるかもしれない。だが、少なくとも自分が請け負ってきたゴーストはまったく違うのである。

 私は過去に数年間、ゴーストライターとして飯を食っていたことがある。ゴーストライターという「仕事」の実際について、少し説明してみたい。

 私がやってきたゴーストライティングの手順を説明しよう。

 まず、出版社の担当者が、誰のどのような内容の本を出すかを決め、その「著者」となる人に打診する。その多くは有名人だったり、特定の分野の専門家だったりする。その「著者」は、通例「先生」と呼んでいた。たとえそれがスポーツ選手や若い芸能人であったとしても。

 本を出すことを決めたら、まずある程度の方向性を決める。担当編集者が著者の先生のところに行って、適当に雑談などしてくることが多い。そして、本格的なインタビューに先だって、質問項目を100個ほど考える。

 その準備ができたら、担当編集者または私自身が著者の先生にインタビューをする。あらかじめ考えておいた質問項目に添って質問するが、時には話がずれることもある。もっとも、それは悪いことではない。
 このインタビューはかなりの長丁場に及ぶこともある。3日連続して筑波に通い、合計すると12時間以上に及ぶインタビューをしたこともある。

 インタビューが終ったらテープ起こし。そのインタビューの生データと、先生からいただいた資料などを元にして、当初の構成に基づいて切り貼りをする。そして、きちんとした文章に修正していくのである。
 ここで重要なのは、ここで文章化されるのは、あくまでも著者の先生が話された内容だということだ。具体的には、話し言葉から書き言葉にし、一から書いていくという作業になる。それを一冊の本にまとめていく。
 もちろん、ライターのほうで独自に調べて追加したりする部分もあるし、同じ先生の他の著作を参照して埋めていったりすることもある。しかし、それは先生の話の範囲内でなければならない。

 ひととおりできたら「著者校正」に回す。このとき、著者の方によって内容などのチェックが行なわれることになる。このステップを踏んだ以上は、内容についての責任はすべて著者の先生にある、ということにもなる。こうして、著者の先生の名義で、書籍が出るわけである。

 これでおわかりだろうか。
 ゴーストライターを使って書いた本といっても、その本の内容のほとんどすべては、間違いなく著者の方の意見であり、見解なのである。
 確かに、文章力や構成力はその人のものではないかもしれない。しかし、私はゴーストライターとして、著者の先生の考えを本という形にトランスフォームするお手伝いをさせていただいただけだ。その本に書かれた思想や考え方やノウハウを持っていたのは、100%著者の方であって私ではない。ゴーストといわずに「口述筆記」と言えばいいのだろうか。
 だから、ゴーストライターに書かせた、というだけで悪い印象を持たれるのは、残念なことだと思う。

 もっとも、世の中には、著者自身は何も考えず、ゴーストに内容まで全部書かせている場合も確かにあるだろう。大学の論文などでも、助手が独自に書いた論文を教授の名前で出してしまうというようなことがあるらしい。そういうふうに「業績横取り」のゴースト本なら、著者が非難されても仕方あるまい。あるいは文学作品でのゴーストはまずいだろう。
 だが、私がゴーストライターとして書かせていただいた「ゴースト本」の著者の先生方は、その本に書かれている内容のほとんどすべてを、確かに先生自身の口から語られたのだ。たとえは悪いかもしれないが、おおざっぱな下書きだけして、あとはアシスタントに任せる売れっ子漫画家さんの立場に近いのだろうか? だから「ゴーストを使うことは悪いことばかりではない」とはっきり言わせていただきたい。

●ゴーストライターをやってよかったこと。

・いろんなジャンルの本を書かせていただいたために、自分の専門知識分野が増えた。歴史、ビジネス、健康法、人生訓、芸能人の自伝、スポーツ監督のチーム管理術、パソコン、株……。自分だけの力で書こうとしていると、どうしてもジャンルが限定されがちだ。ゴーストをやっていなければこういう実績は作れなかったに違いない。

・ニーズに応じた文章を書くことに慣れた。文体や思考回路を著者の方にできるだけ合わせていく作業をしたおかげで、求められた文章を書く技術が高められたと思う。

・読者の視点を文章に反映させることができるようになった。出版社のスタンスもあったのだが、何も知らないド素人の読者を想定して、本当に基本的なところからわかるように、著者の先生に質問をしていくことが多かった。もし、著者の立場だけで書いていると、どうしても「これくらいは知っているだろう」という前提に立って書いてしまいがちだ。その結果、「難しい本」「すでに知っている人しか読めない本」になってしまう。しかし、本当に何もしらない読者の立場から見れば、わかりづらい部分、説明のほしい部分が見えてくる。その視点を持たせてもらえたという意味で、ゴーストライターとしてのインタビューは有益だった。

・取材・執筆・編集のすべてにおいて経験を積まさせていただいた。最初は編集者の方についていくような形だったが、やがてゴースト経歴の最後のころには、その出版社の新人編集者を同行させて、自分が取材の仕方を教えるようなこともあった。相手に失礼のないように礼儀正しく、しかし本当に言いたいことをフランクに、突っ込んで語っていただけるような取材技術は、ある程度身につけさせていただいたと思っている。

 ちなみに、ゴーストで一冊書いて数十万円程度の「原稿料」だった。売れようと売れまいと同じ。原稿の切り売りみたいなものか。月一冊書けば悪くない仕事である。
 また、著者の先生に気に入っていただいて、続編も書かせていただいたことがかなりあった。これはゴーストライター冥利に尽きるというものである。

●ゴーストライターをやってよくなかったこと。

・いくら書いても自分の本にはならない。いくら売れても自分の収入は増えない。

・書いた業績もうかつに人には言えない。

・ゴーストをさせていただいていた某出版社の経営が傾き、そのときに原稿を売り飛ばしたらしい。100円ショップにかつて自分の書いた本が並んでいるのを発見したときには愕然とした。



この文章は、別の場所で草稿として公開していたものを整形して正式に公開したものです。