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今更ながら「個人ホームページ不況」について。maskinこと増田真樹氏が「3~5年前に比べれば個人ホームページ不況」と書いたことに対して、いくつかの反論が出ている。この件について思ったことをだらだらと書いてみる。
ワタシが自分のサイトを始めたのが凡そ四年半前なのだが、それから現在に至るまで、ネットユーザ全般にしろ、ウェブページ作成者にしろ増えたという話は聞いても、減ったとか不況などという話は聞いたことがない。比較対象が「3~5年前」なのだから、少し前に話題になったテキストサイトの衰退の話とはまったく違うことになる。
1998年頃に、「個人ホームページを公開中or過去に公開したことのあるユーザーは40.6%、今後公開したいと考えているユーザーは36.3%にのぼっている」(通信白書 平成10年 第二節 生活と通信)と、恐ろしい数字がでていた。これほど多くのユーザーが個人でホームページ開設に目を向けていたというのは、ある意味気持ちがいい状態だったなと振り返った。
それが現在どうなっているかというと7.8%にまで下がっている。
平成10年の時点で、約690万人近い個人ホームページオーナーがいたのに対して、平成15年では約541万人と明らかに減っているのがわかる。
平成10年時点での「ホームページ作成」には自力での掲示板設置や日記公開が含まれていると思いますが、現在ではそれらはレンタルで済ませられる(本人は「ホームページを作成した」とは思っていない)ため、単純に数を比較するのは無理があるのではないでしょうか?
第一に、増田さんが根拠として挙げる平成10年の数字と平成15年の数字は、そのまま比較できるものではありません。
平成10年の情報通信白書における40.6%という数字は、「現在公開中又は過去にホームページを作成したことのあるユーザー」であり、平成15年の情報通信白書に載っている7.8%という数字は、「パソコンからのインターネットの利用用途」におけるホームページ作成の利用率です。後者は常識的に考えれば、前者に含まれる「過去にホームページを作成した」人たちは含まれないでしょう。
平成10年の情報通信白書で40.6%というのは情報通信と生活に関するアンケート(9年12月から10年1月実施)でインターネット上でのオンラインアンケートに答えた層における割合。これによると下記の数字もかなり修正しなければならないところだが、下記の見解が強調されることはあれ趣旨に変更はないので、とりあえずそのままにしておく。maskin氏のいう数字を使ったとしてもそうは読めないでしょ?という意味では、以前の数字を使うことに意味があると思うので。
調査方法もいい加減ですし、過去にホームページを作成したことのあるユーザーが含まれることも勘案すると過大な数字がでている可能性は非常に高いと思われる。
またインターネット人口約1,700万人というのはどんな調査でいつの時点でのものなのかが提示がない。
このふたつの数字をかけて意味があるとは思えない。# ちなみに総務省調べだと平成9年末のインターネット利用人口は1155万人です
また平成15年の白書のケースは割合もインターネット人口も平成14年通信利用動向調査から持ってきてるのでいいとは思いますが、
7.8%はパソコンからのインターネットの利用用途ということなので、6942万人をかけるのは間違いで、パソコンからのインターネット利用者5722万人を使うべき。
平成13年の白書のケースも同様。
それはいいとしても、増田さんの基本的な考え方には大きな見落としがあると思う。それは、ネット初期のユーザーはマニア率が高く、利用者が増えるにつれて素人率が高くなるということだ。
インターネットは、はっきりいって「マニア」の世界である。ホームページを作れる(HTMLを理解している)人たちの裾野が広がったとはいえ、やはり「ネットマニア」の世界である、ということを、ネットの住人は忘れがちのように思う。一般社会では、会社員なら「メールは一応使えるし、ブラウザでホームページを見たり、検索をしたりはできる」ことは要請されるだろうが、それ以上に「掲示板に投稿する」とか「日記を書く」とか、ましてやブログやアフィリエイトやSEOなんて言葉を平気で使う人は宇宙人扱いなのである(マジで最近経験していることである)。2ちゃんねるが「インターネットの掲示板」であって「ホームページ」とはニュアンスが違う、ということさえも、数年前の新聞はまったく理解していなかったが、今はようやく改善されてきた、というレベルであって、今も大多数の「非マニアネットユーザー」は、その違いなどどうでもよく、理解しようという気さえもない。
それをふまえて言えば、90年代半ばのネットユーザーはまさにコアな人たちだった。プログラマーや、新しい形態での情報発信に関心のある人たち、そして学生を中心とするマニア層が主にネットに接続し、その中ではHTMLを覚えるだけの技能を有していた人が高い割合を占めていた、といえると思う。いや、そうでなければ、そもそもネットに接続しようという気にならなかったのではないか。maskinさんのいう「これほど多くのユーザーが個人でホームページ開設に目を向けていたというのは、ある意味気持ちがいい状態だったな」という感想は、裏を返せば、「マニアばっかりだった」ということでもある。
付け足すと、そういうコアな層の中でも「ウェブシーン」を牽引する人物というのは案外限られたメンバーになってしまう、という実態もあるだろう。他に大きな影響力を与えるネットワーカーの数というのは、2桁か、それに毛の生えたくらいの数字、と言えると思う。それは表現力・表現技術・キャラクター等を備えた人、という意味である。ここでいうならmaskinさん、yomoyomoさん、たださん、といったレベルの人たちね。
それが、携帯からのネット接続や、一般人への普及にともなって、「見るだけ」「とにかくつなぐだけ」のユーザーが増えるのは当然といえよう。その比率だけを見てレベルが下がったとか不況とかいうのは根拠にならない。層が広まればそれだけ薄くなるのは世の常である。しかし、ピンポイントで見れば、濃い層はやはり濃いままではないだろうか。そして、裾野が広がった分に比例するとはいえないものの、それなりに牽引力のあるネットワーカーも増えていることは間違いない。
今、ブログでも同じことが起ころうとしていると思う。今、ブログを手にできるのは、ネットユーザーの中でも非常に濃い層だ。すでにサイト経験があるとか、掲示板CGIなんかよりは設置に手間取る厄介なブログツールをインストールできるとか、英語を読んでBloggerに登録できる人とかが中心で、先日のトロット夫妻の集いで目立ったのが「プログラマーとIT関係者とライターと学生」という実態は、まさに「マニアの世界」といえる(あと一部、パワーユーザー主婦もマニアのうちであるが)。ましてやblosxomのプラグインを自分で書けるようなユーザーは雲の上の人なんである。
しかし、来年あたりはMyProfileに加えてココログ・ドブログやTypePad日本版が一生懸命裾野を広げようとするだろうから、ブログ界もどんどん「薄く」なるだろう。しかし、MovableTypeユーザー数は思ったほど伸びないだろう、と思う。なぜなら、ここで流入してくるのは、MovableTypeを設置し、運営できるだけの技能を備えたレベルの人たちではなく、比率的に言っても「レンタルで日記なら書けるかな」レベルの人たちが主体であることは論を待たないからである。
だれでも簡単にブログが作れる、というのであれば、ホスティングサービスの登場によって可能になるだろう(T-Cup掲示板やさるさる日記という前例がある)。しかし、それで「HTMLを扱える」「CSSをいじれる」「MovableTypeを設置・カスタマイズできる」「blosxomのフレーバーをいじり倒せる」レベルのマニアが同じ比率で増える、などということはありえない。その伝でいえば、おそらく5年後、「ブログ不況」が叫ばれることだろう。
何が言いたいかと言えば、W3Cまわりの人や、IT系/プログラマー系のネットワーカーの中には、「平均的なネットの使用者」の技術レベルをまったく理解していない人が多いのではないか、ということだ。
たとえば「自分のブラウザの文字が大きいと思ったら、デフォルトのフォントサイズを小さくすればいい」と言い放つ人がいる。もちろんそうすれば可能だが、ごく普通のユーザーは「ブラウザの設定をいじるなんて、マニアの所行」と思っているのだ。ましてや「ユーザースタイルシートを使えばいい」というのは、サイト運営者レベルなら可能であっても、一般ユーザーには無謀なことである。文字サイズの大小だってあやしいくらいだ。
私がこのサイトのデザインを考えるとき、現状で当サイトへのアクセスは「1024×768」の人が7割(1280×1024の人は1割にすぎない)、ブラウザはIEが9割以上、OSはWindowsが95%以上という現状を見、そしてそれらの人たちが「自分ではカスタマイズできず、与えられた環境でしか見れない」ということを前提としてデザインすることを考えている。その上で、サイトで「情報量」を強調したい時は小さめの文字にし、一文字ずつじっくり読んでほしい場合は大きめの文字にする、というような調整をする。本文は1em、というような教条的W3C原理主義思考はここでは頭でっかちの非現実的理想論にすぎない。逆に言えば、Operaや1600px大型モニターを使っている人たちはパワーユーザーなので、そういう人たちに負担を強いることになってもある意味仕方のない部分がある、と考える。こういうと誤解する人がいるので補足しておくが、私自身はOperaをガンガンにカスタマイズしている人間だ。IEをあえてカスタマイズしないで使うのは、多数の素人ユーザーの見方に合わせるためなのである。
自動車の運転ができる人は増えたが、実はオートマ車でないとだめだったり、操作方法がわかりやすくなったから簡単に運転できるようになっただけのことであって、点検や修理、改造ができる人が劇的に増えたわけではない、というのと同じようなものである。
ところで、テキストサイト系のところが不況に見えるのは事実だと思う。でも、それは当然なのだ。ReadMe!Japanが牽引し、ホソキン氏が話題を提供した上に、ちゆ12歳と侍魂という巨星が登場してテキストサイト黄金時代が生まれた。しかし、この2サイトが更新しなくなり(あと斬鉄剣も)、それに取って代わるだけのサイトが登場しないのだから、かつての激しいパワーがなくなって見えても当然である。ごく少数のサイトがネット界を牽引する、という構図は何ら変わらない。ネットではだれもが情報発信できて民主的ですね、というのは、それはそうなのだが理想論であって、実際には傑出したカリスマ運営者が大勢を決めてしまうのである。そういう意味で言えば、ムーノーローカルはムーノーデーに多数のサイトを巻き込むパワーがあったが、探偵ファイルやろじぱらにはテキストサイトを牽引するという意味でのカリスマ的オーラは残念ながらない、ということだ。これは個々のサイトそれ自体の面白さについて言っているのではない。他のサイトを追従させる(あるいは模倣される)パワーということだ。
たとえばノンジャンル個人ニュースサイトでいえば、「俺ニュース」のあとも「カトゆー家断絶」があったから維持されているが、それに匹敵するレベルで更新されている次のニュースサイトはない。カトゆーさんがサイトをやめたら、はっきりいって今のノンジャンル個人ニュースサイト・コミュニティ帝国は崩壊するだろう。
ブログもやがてそうなるはずだ。日本でももうじき、カリスマブロガーがブログ界を牽引していく状況が定着するだろう。ArtifactやNDO::Weblogなどはそのさきがけであると思うが、これらのサイトがさらに影響力を増すか、あるいは別のカリスマブログが登場するか、いずれにしてもカリスマが登場する。そして小規模ブログが大挙して現われ、ブログという概念が定着する(つまり、ブログブームはこれからだ)。だが、カリスマが数人去った時点で、それは失速したように見えるだろう。
インターネットは個人にとって、決して平等な世界ではない。機会均等は実世界より徹底しているが、しかし、それだけに実力主義で、それぞれの人のカリスマ的能力の差が際だつ世界でもあると思う。ブログのトラックバックで平等な網ができるわけではなく、トラックバックの集中するブログとそうでないブログに分かれていくはずだ。それは必然でもある。有用な情報を発信し、あるいは収集できる力があるサイトにはますます情報が集中し、そうでなければ細々とやっていくことになる。少数のカリスマがコミュニティを牽引する、という構図はおそらく、今後も変わることはない。
その一方で着実に右肩上がりのジャンルがある。企業サイトだ。企業のネット利用は拡大する一方だろう。カリスマとは関係なく、必要性があるからだ。増田さんはIT業界の視点で見ているから、おそらく企業サイトのこの性質を個人サイトにも当てはめてしまったのではないかと思う。しかし、個人サイトと企業サイトでは条件がまったく違うのだ。
だんだんわけわからん話になったが、まあそういうことである。
・「ネットの素人でない人間」は住み分けをして居る。ニッチェ。「ネットの素人でない人間」はすでに「ネットの素人」に比べて極めて率が低いと思います。サイト運営者7.8%というのは、全体の13人に一人にすぎないわけで、それがさらに分割されたところで、「濃い層は濃い、薄い層がこれから流入してくる母集団」という部分の大局的見解については影響を及ぼさないどころか、さらに強化されることになると思います。
例えば「Webページを持っているだけの人間」「phpやMySQLやrubyを扱える人間」「エロゲオタ」「同人オタ」「腐女子」「鉄オタ」。これらをいっしょくたにして「ネット人口が増減」だの「衰技術を持たない」だのに意味はあるのか。各パイの割合やその役割、影響を考えない考察は短絡的とはいえまいか。
・ニュースサイト効果(と仮称しておく)の影響はきちんと考えてあるのか。一夜にして数十万のビジタを発生させ、数日のうちにチリひとつすら残さない、まるで一昔前の「紅茶キノコ」の様な急激な流行り/廃れという点から侍魂やちゆを考察しておくべきではないのか。同様に2ch辺りからも。どちらかというと侍/ちゆはテキストサイト系で今回分類してましたが(更新頻度は毎日じゃなかったし。なので「巨大サイトからのリンク効果」くらいのほうが適しているかと)。で、まあそれはどうでもいい点で、そのサイトからリンクされるとアクセス激増、というのも確かに現象として存在します。そして、その件については別途考察が必要でしょう。
面白い記事があれば何万人が拾い読みに来るだけ。ニュースサイトがひとつ潰れれば他に移るだけ、そんな感じのビジタが大半ではなかろうか。
・「数万~数十万人規模のそういったビジタ」と、「ニュースサイトに反応する極少数の個人サイト」をまぜこぜにして「流行り廃れガ」「カリスマがいなければ」という言葉は空虚に聞こえる。ニュースサイトは数十も数百もあり。数万/dayを超えるサイトも数多くあり、代替も効き、多くのビジタは複数サイトを巡回しているものと私は推測する。なぜなら新聞と違い無料なのだから。このへん、申し訳ないが趣旨が読み込めない。特に「ニュースサイトに反応する極少数の個人サイト」が何を意味するのかよくわかりません。
・>「俺ニュース」のあとも「カトゆー家断絶」があったから維持されているがすべて知っております。というかReadMe!Japanトップクラス常連サイトはもちろん見ております。j-oさんとか、tentative nameとか、自分もブックマークして見てるクチですし、以前はReadMe!株式市場ゲームも参加してたし(笑)。だからこそ「ノンジャンル個人ニュースサイトでいえば、「俺ニュース」のあとも「カトゆー家断絶」があったから維持されているが」と、ニュースサイト内でも特に「何から何まで網羅的にリンクするサイト」ということで限定して表記していたのです。ここを飛ばして引用されるというのは不本意。
BRAINSTORM、あるいはTECHSIDE、変人窟、か~ずSP、ω、君のぞにゅーす、starlightparade、楽画喜堂、/.jp、j-o、最後通牒、電脳御殿、(略
これらのうちカウンタ/ビジタが何万人規模であるかご存知のサイトはありますか。ビジタの傾向は。ネタの傾向は。リンク波及傾向は。ニュースサイトの捕捉率/速度は。
等と書くにつれ、実はblog論の中でニュースサイトを持ち出す人は、あまりその内実を知らないのではないかと思う。
個人ニュースサイトについては、今のところ、カリスマ的人材がまだ存在しているといえる。しかし、カトゆーさんがもしやめたとして、技術的情報メインのTECHSIDEさんや、趣味に一定の傾向のある変人窟さん(……その他、要するに専門特化型個人ニュースサイトということね)が後継者たりえるか、といえば、そのときに彼らが方向転換しない限り「難しい」といわざるを得ないわけです。あるいはBRAINSTORMさんは近いかもしれないが、一日の掲載リンク数を数倍にするだけのパワーがあるかどうか。あれば、その時点では個人ニュースサイトというジャンルはさらに発展するでしょう。しかし、後継者がいなくなった時点ですべては終わる。しかも、パワーあるカリスマサイトの寿命というのは案外短いというのが自分の印象です。この辺、いかが思われますでしょうか。
それはさておき、今回、非常におもしろいと思ったことがあります。以前、ARTIFACT -人工事実- | テキストサイトの衰退?という記事に対して「テキストサイト界隈に疎い事は分かりますが」なんてコメントをつける人がいたわけですが、今回も「実はblog論の中でニュースサイトを持ち出す人は、あまりその内実を知らないのではないか」というコメントがつきました。いや、これが一番興味深い現象だと思いますね。
まあ、いずれにしても、音楽雑誌風にいえば、ネットシーンをリードするカリスマたちは、数十人か百数十人か知らないけど、ある一定の数しかおらず、それに対してごく普通のサイト運営者たちが一定数いて、それは潮流そのものではあるが潮流を生み出すものではなく、さらに多数の「他に影響を与えない」サイト運営者や、9割を超える受け身の読者が存在する、という全体的構造は変わらないと思います。本当にパワーあるサイト運営者ってそれほど多くない。ここは異論のあるところかもしれないけど、自分の実感です。
だから、VNIはちゆが更新を停滞させた時点で潮流としては滞ったし、侍魂や斬鉄剣がカリスマでなくなった時点でテキストサイトはパワーを失った――少なくとも次のカリスマが登場するまでは。しかし、その新しいカリスマは、おそらく、単に過去の形式を継承するだけでなく、新しいものをもっているだろうと思います。たとえばそれはブログという形態で復活するかもしれないし、ブログを超えるものをもってくるかもしれない。